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千葉地方裁判所 昭和53年(行ウ)1号 判決

原告 日拓ホーム株式会社

被告 市川市長 市川市

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告の別紙物件目録記載の土地に対する昭和四八年度から同五二年度までの特別土地保有税の減額更正請求ならびに納税済額の還付請求につき、被告市川市長が原告に対し昭和五二年一一月二八日付でなした更正および還付をすべき理由がない旨の通知処分はこれを取消す。

2  被告市川市は原告に対し、金三〇九九万七二一〇円およびこれに対する昭和五二年一一月一二日から支払済に至るまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、宅地開発およびそれに付随するマンシヨン、一戸建住宅、テラス住宅等の建築販売等を業とする株式会社である。

2  原告は、昭和四八年七月二三日頃別紙物件目録(A)記載の土地(以下本件土地という)にマンシヨン、一戸建住宅等を建築し、販売する目的で右土地を矢作春雄から買受け、その所有権を取得した。

3  本件土地は、都市計画法(以下都市法という)五条に規定する都市計画区域内にある田(現況宅地)で、取得当時その公簿面積が合計六〇九七平方メートルに達していたため、原告は地方税法(以下法という)五八五条一項、五九五条二号に基づき、特別土地保有税(以下保有税という)の納税義務があるものと考え、昭和四九年二月から同五二年五月までの間に別紙申告および納税済額一覧表各記載のとおり、合計三五四七万六五九〇円の申告をなし、合計三〇九九万七二一〇円を被告市川市(以下被告市という)に納付した。

4  しかして、後記のとおり原告においては本件土地につき保有税を納税すべき義務がなく、右納付は原告の過誤納金であることが判明した。そこで原告は、昭和五二年八月一〇日被告市川市長(以下被告市長という)に対し、本件土地保有税につき、減額更正の請求ならびに納税済額の還付請求をなしたところ、被告市長は同年一一月二八日付で更正および還付をすべき理由がない旨の通知処分(以下本件処分という)をなし、右処分は同月三〇日原告に送達された。そこで原告は、本件処分に対し同年一二月一〇日異議申立をなしたところ、被告市長は翌五三年一月六日この申立を棄却し、右処分は翌七日原告に送達された。

5  しかしながら、被告市長の本件処分は以下の理由により違法であつて取消を免れない。

(一) 保有税は管理費用の増大を通じて土地の投機的取得を抑制し土地の供給を促進することを目的として昭和四八年に設けられたいわゆる政策税制としての性格の強い市町村税であり、そのため課税客体、納税義務者および非課税の範囲等、ことに免税点(高水準に定められた)について右政策目的から規制がなされているのであるから、一定の土地を保有するものが本税の納税義務者か否かの解釈については、右目的および対象とされる土地の性質を十分に斟酌しなければならない。

(二) 本件土地を含む周辺地城一帯は従前蓮田であつたが、原告が本件土地を取得した当時既に市川市行徳中部土地区画整理組合(以下中部組合という)が土地区画整理事業に着工していた。土地区画整理事業においては、従前の土地の形質を変更し、従前の土地上に建築物等を建築するとその事業の施行が困難となり無駄な資本投下となるため、その事業主体が組合の場合は、設立の認可の公告があつた日から換地処分の公告があるまで都道府県知事の許可を受けなければかかる行為をなすことができないものとされ(土地区画整理法((以下整理法という))七六条)、また該事業においては公共用地または事業費に充てるため一定の減歩負担が課せられるのが通常である。即ち、組合設立認可の公告のあつた後は従前の土地の使用収益は著しく制限され、右減歩率も事業の開始前に事業計画において決定されており、しかもこの減歩率は当初の計画より多くなることはあれ、減少することはないのが通常である。このような場合、保有税納付義務の有無につきその課税標準たる土地の地積を算定するには従前の土地の地積を基準とすべきか、一定の減歩率によつて減積される換地(予定地)の地積を基準とすべきかという問題が生じるが、前記保有税の設定趣旨、目的からして、課税対象とされる土地は、組合設立認可によつて一定率の減歩が確実となり、いまや単に公簿上の表示にすぎなくなつた形骸化している従前の土地の地積を標準とすべきでなく、将来取得すべき(仮)換地の地積を標準とすべきことは疑いを入れる余地がないものといわざるを得ない。これは、売買価額等の決定につき仮換地の地積を基準とする取引の実態にも付合するものである。このことは、公簿面積と実測面積が相違し、実測地積によれば課税標準に満たないが、公簿地積がこれを超える場合に、実測地積によつて課税されないことと同様である。

(三) 本件土地は都市法五条にいう都市計画区域内にあるため、その地積が五〇〇〇平方メートルに満たない場合には保有税を課されることはない(法五九五条)。本件土地は公簿地積が六〇九七平方メートルと表示されてはいるものの、原告の取得当時既に区画整理事業の事業計画において二〇パーセント以上の減歩率をもつて減歩負担が伴うものであることが確定していた(この減歩率は当初二二・九八パーセントと定められ、最終的には二七・九三一パーセントとなつている)。現に中部組合は原告に対し昭和四九年一二月一二日本件土地につき地積四三九五平方メートルの仮換地指定通知をなし、同五一年一一月二二日仮換地について使用または収益を開始する日を同月三〇日とする旨の通知をなした後同年一二月三〇日更に一部計画の変更を行ない、その結果最終的には仮換地面積は別紙物件目録(B)記載のように免税点である法五九五条二号所定の五〇〇〇平方メートルを下回り四三九四平方メートルとなつた。ちなみに、本件区画整理事業の認可権者は千葉県知事であるが、その手続はすべて被告市長を経由してなされているのであるから、同被告においても当初からこの事情を知悉していた。以上のように本件土地は仮換地面積を基準にする限り保有税の課税標準に満たなかつたことが明らかである。したがつて、原告は本件土地につき保有税を納付する義務はなかつたのである。現に被告ら主張の昭和五三年法律第九号地方税法の一部を改正する法律による改正以前においても自治省により本件のような事案につき、仮換地面積が免税点を下回わる場合には保有税を申告納付させないようにとの事実上の行政指導が行なわれていた。

(四) 地方税の納付義務者において、その申告にかかる納税につき課税標準等に誤りがあつたときは、法二〇条の九の三に基づき法定納期限から一年以内に更正請求をなすことが可能であるが、この期限が徒過するも期限後五年以内に限り行政官庁は職権をもつて更正をすることができる旨規定されている(法一七条の五)。そして、この職権による更正という行政行為は、一定の納税が適法か否かを判断するというその内容からみて単なる自由裁量行為ではなく、憲法二九条、八四条およびこれを受けた地方自治法、地方税法など国民の財産権の保障あるいは租税法律主義の大原則による内容的な覊束が存し、したがつて、当該行政庁は申告にかかる納税につき更正すべき事由があると認めるときは必ず更正すべく義務づけられ、その事由があるのに更正せず、または更正につき判断を誤つたときは、その処分は違法とすべきである。

(五) しかるに被告市長は原告に対する本件処分により、本件土地につき公簿面積を基準として賦課した保有税を適法とし原告の減額更正および納税済額の還付請求を拒絶したが、以上に述べたところによれば右処分は違法であるから取消されるべきものであり、したがつて、原告の本件納税は過誤納金であつて、被告市はすみやかに原告に対しこれを返還する義務がある。よつて、原告は被告市長に対し、本件処分の取消を求めると共に、被告市に対し、金三〇九九万七二一〇円の過誤納金および更正の請求のあつた日の翌日から起算して三か月経過する日の翌日である昭和五二年一一月一二日から支払済に至るまで年七・三パーセントの割合による法定還付加算金の支払いを求める。

6(予備的主張)

(一) 私人の公法行為としての納税の申告行為についても錯誤が客観的に明白かつ重大で、しかも民法の規定による無効の主張ができないことによつて納税義務者の利益を著しく害すると認められるときは、民法の錯誤の規定が直接適用されるべきである。

(二) 保有税はその設定が比較的最近のことであり、原告会社の担当者はこの取扱いに不慣れでかつ区画整理の知識にうとかつたため保有税の課税については従前の土地の公簿面積が標準となり、したがつて、本件土地は免税点五〇〇〇平方メートルを越えるためその納税義務があるものと誤信し、加えて被告市担当者からもその旨指導を受けたため、原告は別紙申告および納税済額一覧表各欄記載のとおり多額の金員を被告市に申告納付したが、右誤信は本件土地が保有税の課税標準となるか否かの判断につき重大な錯誤に陥つた結果生じたものである。

(三) よつて、仮に被告市長の本件処分のうち法定納期限一年経過分についての取消が許されないものとすれば、原告は予備的に被告市に対する本件保有税の申告、納税が錯誤に基づき無効であることを理由としてその返還を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実のうち、原告は本件土地を矢作春雄から取得したことは認めるが、その余の事実は不知。原告は昭和四八年一二月二〇日又は二一日本件土地を材料置場とする目的で取得した。

3  同3項の事実は認める。

4  同4項の事実のうち、原告は本件土地につき保有税の納付義務がないこと、原告が保有税を納付したのは過誤納金であることは争い、その余の事実は認める。

5  同5項の事実のうち、本件土地は原告主張の組合の区画整理事業中の計画区域内に在ること、計画区域内の土地は公共用地および組合の事業費に当てるため通常減歩されるものであること、この減歩率(但し、一筆毎の土地の減歩率ではない)は組合の設立の際事業計画の中に表示して申請されるものであること、本件土地は都市法五条にいう都市計画区域内にある田であつたこと、本件土地の公簿上の地積は六〇九七平方メートルあること、区画整理事業の認可権は千葉県知事にあること、この手続は被告市長を経由してなされること、中部組合が原告に対し昭和四九年一二月一二日本件土地につき地積四三九五平方メートルの仮換地指定をなし、同五一年一一月二二日仮換地について使用または収益を開始する日を同月三〇日とする旨の通知を発した後同年一二月三〇日一部計画の変更を行なつた結果最終的に仮換地面積が四三九四平方メートルになつたこと、以上の各事実は認めるが、その余の事実は争う。

6  同6項の主張は争う。租税債権は早急に確定せしめなければならないから、租税債権の成立につき錯誤の主張は許されない。民法の錯誤の規定の適用または類推適用を許さなかつたとしても、別途保有税の猶予、免除申請が許されているから原告ら納税者に損害を蒙らしめることにはならない。(法六〇二条一項、租税特別措置法((以下措置法という))六三条三項一、二号、四号ないし八号)

三  被告らの主張

1(一)  仮換地指定処分(整理法九八条)は、従前地について存していた使用収益権の行使を停止して従前地について存していた使用収益権と同一内容の使用収益権を換地予定地に設定するに過ぎない処分で、換地処分がその効力を発生するまでは、換地計画に基づく工事のため境界が認識できなくなつたとしても従前地について存していた所有権に何らの変動を及ぼすものではなく、換地処分により従前地の所有権が消滅するまでは従前地が所有権の対象になつているものである(整理法九九条、一〇〇条、一〇四条)。保有税は土地の使用収益権につき課せられるものではなく、土地所有権の保有、取得について課せられるものであるから(法五八五条一項)、いまだ所有権の付与されていない仮換地指定の面積を以つて、保有税の基準面積を判断すべきものではない。本件土地については請求原因5の(三)の経緯で仮換地指定等がなされたが、いまだ換地処分はなされていない。

したがつて原告は被告市に対し、別紙申告および納税済額一覧表各記載のとおり本件土地の地積を合計六〇九七平方メートルとして保有税を納付したが、これは何れも課税標準および税額に誤りはなく、結局被告市長の本件処分は正当である。

(二)  ところで、前記のように保有税は土地の使用収益権ではなく土地の所有権の保有、取得に課せられるものであるが、この原則を貫くと実質課税、税負担公平の原則に反する結果となる。そこで公有水面埋立地(公有水面埋立法二三条)の場合においては、その使用者を所有者とみなして保有税を課すことができることになつていた(法五八五条六項)。また、昭和五〇年法律第一八号による地方税法改正において整理事業による仮使用地(整理法一〇〇条の二)を使用している者がある場合、使用収益することとなつた日から換地処分の公告がある日までの間、その使用収益の開始を土地の取得および保有とみなして保有税を課しうることにした(次に述べる昭和五三年改正前の法五八五条五項)。更に昭和五三年法律第九号による地方税法改正において、仮換地の指定があつた場合、この土地を使用収益することとなつた日以後にこの土地の従前地の取得があつたときは、この従前地の取得を以てこの仮換地の取得とみなして保有税を課す旨規定された(法五八五条五項、七三条の二第一一項)(同旨の規定は法三四三条六項((固定資産税についてのもの))にも規定されている。)。しかしながら、この規定は従前地の取得が昭和五三年四月一日以後になされた場合のみ適用され、それより前に行なわれた場合においては従前の例によることとされた(前記改正法附則一〇条三項)。したがつて、以上の改正の経緯ならびに改正法に徴しても、従前地取得が仮換地の使用収益開始日に先行する本件の場合においては保有税の基準面積は従前地について定めるべきで、結局本件処分は正当ということができる。

もつとも、改正法はなぜ仮換地を使用収益している者すべてに対して法五八五条五項と同じ扱いをしなかつたかの批判が生じるが、如何なる方針のもとに、如何なる程度の法改正をなすべきかは立法機関の権限に属するところであるから、この方針を曲げるような司法解釈はなしえないし、また特別な事情がない以上法の文言を曲げて改正法を準用ないし類推適用することは法秩序を乱すこととなり許されないから、結局本件処分は正当というべきである。

2(予備的主張に対し)保有税は申告、納付の制度が採用され、納税義務者は課税標準等については充分知悉し、特に原告は宅地の造成および分譲等を業とする法人であるから、原告が課税標準等を誤つて保有税を申告、納付したとすれば、これは重大な錯誤に基づくものであり、原告はこの無効を自ら主張しえない。

3  被告市は、原告主張のような行政指導を受けた事実はない。また、かかる行政指導が行なわれたとしても、法六〇五条の二、市川市税条例一三一条の二に該当しないから、被告市としては右行政指導に従えるものではない。

第三証拠〈省略〉

理由

一1  原告は宅地開発およびそれに付随するマンシヨン、一戸建住宅、テラス住宅等の建築販売等を業とする株式会社であり、本件土地を矢作春雄から買受け、その所有権を取得したことは当事者間に争がなく、証人青木信義の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証によれば右買受日時が昭和四八年七月二三日であることが認められる。

2  本件土地は都市法五条に規定する都市計画区域内にある田(現況宅地)で、取得当時その公簿面積が合計六〇九七平方メートルに達し法五九五条二号に規定する五〇〇〇平方メートルの基準面積を越えるため、原告は法五八五条一項に基づき保有税の納税義務があるものと考え、昭和四九年二月から同五二年五月までの間に別紙申告および納税済額一覧表各記載のとおり合計三五四七万六五九〇円の申告をなし、合計三〇九九万七二一〇円を被告市に納付したこと、原告が右納付を過誤納であるとして昭和五二年八月一〇日被告市長に対し、本件土地保有税につき減額更正の請求ならびに納税済額の還付請求をなしたところ、被告市長は同年一一月二八日付で本件処分をなし、右処分は同月三〇日原告に送達されたこと、そこで原告は本件処分に対し同年一二月一〇日異議申立をなしたところ、被告市長は翌五三年一月六日この申立を棄却し、右処分は翌七日原告に送達されたこと、原告が本件土地を取得当時既に本件土地を含む周辺地域一帯は中部組合において土地区画整理事業に着工されていたこと、計画区域内の土地は公共用地および組合の事業費に当てるため通常減歩されるものであり、この減歩率は組合の設立の際事業計画の中に表示して申請されるものであること(成立に争いのない乙第二号証の一、二によると中部組合の事業計画においては右減歩率は全体として二二・九八パーセントと予定された)、中部組合が原告に対し昭和四九年一二月一二日付で指定した仮換地の地積は四三九五平方メートルで、同五一年一二月三〇日一部計画の変更により最終的には仮換地地積は四三九四平方メートルとなつたこと、この間中部組合は同五一年一一月二二日付で原告に対し右仮換地について使用収益を開始する日を同月三〇日と通知したが、本件土地につきいまだ換地処分はなされていないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  ところで、保有税は法五八五条一項に規定するように土地またはその取得に対し、土地所有者または取得者に課せられる市町村税であるから、その対象は土地の具体的な使用収益権ではなく土地所有権そのものである。他方、仮換地指定処分(整理法九八条)は従前地について存していた使用収益権の行使を停止して従前地について存していた使用収益権と同一内容の使用収益権を換地予定地に設定する処分で、換地処分がその効力を発生するまでは従前地について存していた所有権には何らの変動を及ぼすものではなく、換地処分により従前地の所有権が消滅するまでは従前地が所有権の対象となつているものである。したがつて、保有税は仮換地ではなく、従前地につき課すべきものである。そして、従前地につき課税すべき以上特段の規定のない限り、その課税標準は従前地の面積によることになる。

三  しかしながら、例えば〈1〉本件のように都市法五条に規定する都市計画区域内にある五〇〇〇平方メートル以上の土地(従前地)を取得した後五〇〇〇平方メートル未満の土地につき仮換地指定が行なわれその土地を使用収益することとなつた場合および〈2〉同区域内にある五〇〇〇平方メートル以上の土地(従前地)につき五〇〇〇平方メートル未満の土地が仮換地として指定されこの土地を使用収益するようになつた日以後に従前地を取得した場合にも、前記二の原則を貫き、従前地が所有権の対象であるとの理由で従前地に保有税を課することは、実質課税、税負担の公平の原則に反するのではないかとの批判が当然予想される。即ち、〈1〉の場合のうち取得および仮換地指定までの保有税の課税についてはその時点では五〇〇〇平方メートル以上の従前地につき法的に使用収益が可能であつたのであるから、課税はやむを得ないといい得るが、仮換地後の課税および〈2〉の場合の課税については、換地処分が行なわれるまでの所有権は五〇〇〇平方メートル以上の従前地に存しながら、その使用収益権能を行使し得るのは五〇〇〇平方メートル以下の仮換地に対してであるから、従前地に対する課税の当否が問題となり得る。また、〈1〉の場合において仮換地指定前でも土地区画整理組合の設立認可の公告後は従前地の利用には都道府県知事の許可が必要であり(整理法七六条)、前記一で述べたとおり右事業においては一定の減歩負担が課せられるのが通常で、中部組合の事業計画においても全体として二二・九八パーセントの減歩が見込まれていたのであるから、同組合設立認可公告後の従前地取得の場合も同様のことが問題となる余地がある。そこで、本件の如く、組合設立認可公告、五〇〇〇平方メートル以上の従前地取得、五〇〇〇平方メートル未満の仮換地指定の経過をたどつた事例について、法五八五条一項の明文規定にかかわらず非課税の解釈をなし得る余地があるか否かについて検討する。

1  原告が本件土地を取得したのが前記のとおり昭和四八年七月二三日であり、成立に争いのない乙第一号証の一ないし一八によるとこれを売却したのが昭和五二年八月頃であるが、その後の法改正経過をみると、保有税が土地又はその取得に対し課せられるとの法五八五条一項の原則規定を存置したまま、昭和五三年改正により前記〈2〉の場合につき昭和五三年四月一日以後の従前地の取得をもつて仮換地の取得とみなして従前地取得者に対して不動産取得税を課する旨の規定が新設され(法七三条の二第一一項)、右規定は保有税課税についても準用されることとなつたが(法五八五条五項)、前同日より前の従前地取得については従前の例によるとされた(附則一〇条三項)。このように、昭和五三年改正法が五八五条一項の原則規定を前提としたうえで保有税課税上特に〈2〉の場合のうち昭和五三年四月一日以後の従前地取得についてのみ仮換地取得とみなした扱いをし、それより前の従前地取得につき従前の例による旨を明文をもつて規定したにとどまつたことは、原告の前記本件土地所有期間中につき適用すべき改正前の法が〈1〉〈2〉の場合を含めすべて原則に則り従前地につき課税すべきことを予定したため、昭和五三年改正法が〈2〉の場合につき特例を定めたものと認めることができるのである。かように右改正法が従前地取得をもつて仮換地取得とみなしたのは仮換地に伴なう減歩を考慮したためであることは明らかであるから、従前地につき課税すべき場合は当然のことながら従前地の地積によるべきことが予定されていたものということができるのである。そして、昭和五三年改正法がかかる改正措置をとつたことは、改正前の法に対する前記のような批判を十分に念頭においたうえで、〈2〉の場合につき免税し、本件の如き従前地取得後の〈1〉の場合は従前地につき課税するのを相当としたためであると推認することができ、また、かかる改正措置につき何故に両者の場合を区別したかにつき更に批判があり得ることは十分に予想されるが、その点の選択は立法府の裁量に委ねられたところであり、改正が右の限度にとどまつた以上これに従つた運用をするほかない。従つて、本件の場合に非課税の解釈をするのは相当ではない。

2  ところで、昭和五三年の改正理由を当裁判所なりに忖度すると、保有税制度は大口の土地所有者に特別税を賦課しその支出を法的に強制することにより、間接的に土地に対する投機的投資を抑制し土地供給を促進することを目的とするものであるから、少なくとも、従前地につき法的に使用収益が可能な時点において(土地区画整理組合設立認可公告後でも都道府県知事の許可さえあれば従前地利用は可能である)五〇〇〇平方メートル以上の土地を取得した者に対しその者が保有を継続する限り従前地につき保有税を賦課するということは右政策目的を達するのに効果的であるし、取得者は右政策目的にもかかわらず多額の保有税を負担してもこれを保有する意図を有して取得したものと認めて差支えないから、その課税をもつて一概に不合理であるとまではいい得ないが、法的に使用収益権能を行使し得なくなつた段階において従前地を取得した者に対してまで従前地につき保有税を課することは、いかに政策目的達成とはいえ、また、仮換地に伴なう法理論には合致するとはいえ、実質課税等の見地から相当性を欠くものといわざるを得ない。かように、従前地に対する課税という原則論と政策目的を維持しつつこれらと実質課税等との調整という観点に立つならば、昭和五三年改正法にも合理性を見出し得るのである。従つて、右改正を類推して本件の場合にまで非課税の解釈をおよぼすのは相当ではない。

3  ちなみに、法は実質課税、税負担の公平等の見地から土地所有者でなくとも所有者と同視し得る使用収益権者に対し保有税を課している場合がある。即ち、法は公有水面埋立地(公有水面埋立法二三条)につき、保有税(昭和四八年四月二六日公布、同時に施行)が設定された当初から、その使用者を所有者とみなして保有税を課すことができる旨規定し(法五八五条六項)、また、昭和五〇年地方税法改正(昭和五〇年法律第一八号)において、土地区画整理事業による仮使用地(整理法一〇〇条の二)を使用している者がある場合、使用収益することとなつた日から換地処分の公告がある日までの間、その使用収益の開始を土地の取得および保有とみなして保有税を課しうる旨規定した(昭和五三年改正前の法五八五条五項)。また、固定資産税について法は、仮換地、仮使用地を使用している者がある場合使用収益することとなつた日から換地処分等の公告がある日までの間従前地の土地登記簿又は土地補充課税台帳上の所有名義人、仮使用地の使用者を仮換地又は仮使用地の所有者としてみなして課税する旨を規定している(法三四三条六項)。

このように法は土地所有者に課せられるべき租税につき課税対象者を所有者とすることが相当でないと認められる場合(公有水面埋立の場合は未だ所有者がいない)には原則を修正し、明文により課税実質に即した例外的な手当をしているのであり、租税法のように一義的に明確に規定体裁が整えられることが要請される法領域において例外的明文がある場合を除いては原則に則つた文理に基づく解釈運用が必要であるというべきである。

4  このほか、原告は公簿面積と実測面積が異なる場合にとられる措置との対比を論じているが、この場合は本件と自から事例を異にするのであるから、両者を比較対照するのは相当とはいいがたい。

5  以上要するに、例外的明文のない本件の場合につき非課税措置をなすべき条文上の根拠はない。

四  原告はマンシヨン、一戸建住宅等を建築し、販売する目的で本件土地を買受けた旨主張し、証人青木信義は右主張に添う証言をするところ、本件土地の取得が原告主張のとおりだとすれば、原告には別途法六〇二条一項、措置法六三条三項一、二号、四号ないし八号により保有税の猶予、免除申請が許されているから、以上のような解釈をとつても原告にとつて酷と評すべきではない。しかるに成立に争いのない乙第六号証の一ないし五ならびに証人磯貝弘の証言によると、原告はわざわざ、取得目的は資材置場であると申告し、右猶予・免除申請の機会を自ら放棄していることが認められるのである(成立に争いのない乙第一二号証の二によれば、現に原告から本件土地を譲受けた東洋エステート株式会社は右申請をしている)。

五  ところで、原告は昭和五三年改正法以前においても自治省により本件のような事案について、保有税を申告納付させないよう事実上の行政指導が行なわれていた旨主張し、証人青木信義の証言中に右主張に添う部分があるが、その内容はあいまいであり、同人が自治省係官から交付されたという市町村税の条例準則(成立に争いのない甲第六号証)によるもその指導内容が必ずしも本件の場合につき適切であつたか否かは明らかでなく、また調査嘱託の結果中にも「仮換地指定前に従前の土地を取得していた事例において、仮換地指定により当該従前の土地に対応する仮換地が基準面積未満となつた場合には、当該仮換地について使用し、又は収益することができることとなつた日以後における特別土地保有税の取扱いについて、減免することが適当である旨口頭で指導したことがある。」との記載部分があるが、その法律上の根拠は明らかでない。いずれにせよ右のような行政指導が行なわれたということは自治省が一時期そのような見解を有していたというにとどまり、もとよりそれが裁判所の解釈を拘束するものではない。

六  以上の次第で、原告が被告市に対し別紙申告および納税済額一覧表各記載のとおり本件土地の地積を合計六〇九七平方メートルとして保有税を納付したことは、何れも課税標準および税額に誤りがなく、結局被告市長の本件処分は正当であるということができる。また、右処分が違法であることを前提とした原告のその余の主張および予備的主張もまた理由がないことに帰着する。

七  よつて、原告の請求はすべて失当であるからこれを棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞 東原清彦 片野悟好)

物件目録〈省略〉

申告及び納付済額一覧表

年度

取得保有別

法定納期限

申告金額

納付済金額

1

昭和48年

取得

昭和49年2月28日

12,560,250円

12,560,250円

2

〃49年

保有

〃49年5月31日

5,861,450円

5,861,450円

3

〃50年

保有

〃50年5月31日

5,861,450円

5,861,450円

4

〃51年

保有

〃51年5月31日

5,596,720円

5,596,720円

5

〃52年

保有

〃52年5月31日

5,596,720円

1,117,340円

合計

35,476,590円

30,997,210円

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